パンドラの箱の中には…

2019年11月、HIVの感染が発覚してからの日々を綴った36歳のゲイブログ

【HIV16・17日目】自己嫌悪

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検査しようとか、ゴムをつけようとか、
HIV予防や啓発に関するポスターは、ゲイバーのトイレだったりハッテン場だったりでよく見る機会はあるけれど、
HIVになったらどうなるのか、何をするのか、どういうふうにして過ごしていくのかをよく知らなかった。
もしかしたら入院時に説明はあったのかもしれないけど、
薬を飲んでいれば死なない、薬を飲むためにはいろいろな手続が必要だ…熱がしんどくてそれくらいしか頭に入ってなかった。

12月5日 HIV16日目:Twitterを開設

仕事の休憩中や、家に帰ってベッドに横になりながら、
「HIV 退院後」「退院後 どれくらい 回復」などを入力して、
ひたすらgoogle検索をすることが増えた。
しかしながら正直コレと言ったものを見つけられずもやもやしていた。
AIDSを発症して入院した人の記録はちらほらみかけたけど、
自分のようなHIVの急性症状で高熱を出して入院した人の日記やブログすら見つけられない。

 

普段WEB制作の仕事をしているくせに、
そんな自分が自分の今一番知りたい情報をWEBでちゃんと検索できないんだなと凹んだ。
自分の今一番知りたい情報をWEBでちゃんと検索できないこんな奴が、
今まで人様のウェブサイトを作ってたんだなと自己嫌悪だった。

 

もともとこのブログを立ち上げた昨年の7月あたりから、Twitterも一緒にアカウントを取っていたけれど、これと言って書くことが思い浮かばなくてずっと放置をしていた。
TwitterでHIVの事を書いている人はいないかと思い検索をしていたけれど、
ちょっと素直に愚痴りたい。
そこで別のアカウントをもうひとつ取得して、
そこで愚痴をこぼしたり、HIVに関する情報を調べるようになった。

 

 

そうツイートするとまもなくして他のHIV陽性者がフォローしてくれるようになった。
自分の人生でHIVになった人とお会いしたことが一度もなかったので、
こんなにHIVの陽性者がいるんだなと少しおどろいた。
SNSとかで公言していないだけで、本当はHIVだって言う人結構いるんだろう。

 

12月6日 HIV17日目:母親からの鬼電をシャットアウト

スマートフォンを所持するようになってLINEなどを始めるようになってから、
携帯電話は2台に使い分けをしている。
1台は友達、会社などのやり取りで、もう1台は親との連絡用。
多分ちゃんと注意していればそんなことはないんだろうけど、
電話番号検索などや「友達かもしれません」なんて出てきて、
ゲイ友達と親がSNSで接触してしまうような機会を絶対避けたかったら。
Twitterの確認や更新も基本的に1台目の友達用でしていて、
ネットの検索も基本的には全部これで済ませているが、
親との連絡用の2台目も常に携帯はしている。

 

朝一、病状を気にするLINEが来ていた。
仕事から帰ってきたら連絡しようと未読のままにしていたが、
日中、鬼のようにLINEや電話が入ってくる。当然仕事なので取れない。
夜電話しようとしたが、いつものように疲れてしまいそのまま寝てしまった。
次の日、どこで聞いたのか知らないけど、
親に教えていない1代目のスマホに電話がかかってきた。
入院していたし、気にしてもらうのはありがたいけど、
LINEも電話も1日取らないだけで、こんな状態では心が休まらない。

 

「電話がつながらないからって勝手に連絡先聞いて教えてない番号にかけるのはやめてくれ。
電話を取れる状態にないんだから、どのケータイに鳴らしたって取れないものはとれない。
1日、2日LINEが既読にならないくらいで鬼電してくるなら、LINE辞める。」

 

それ以降母親からのLINEや電話は一切来なくなった。
親からもらった体を一生治らない病気にしてしまったのは申し訳ないけれど、
自分でもHIVなったことを、自分で全く気持ちの整理ができていないので、
とりあえず、時間が解決するまで、ただただそっとしてほしい。

 

でもなんでそんな事言っちゃったんだろうなって、
また自己嫌悪になった。

 

あの日、ゴムをつけていれば、
今日こんなふうにはならなかったのに。