パンドラの箱の中には…

2019年11月、HIVの感染が発覚してからの日々を綴った36歳のゲイブログ

懺悔

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ご無沙汰しております。HAZI+ことはじめ(@hazi_57)です。
日頃からスターをつけてくださったり、
読者になっていただいているみなさま、
僕のこと、覚えていらっしゃいますでしょうか?(*^^*)

 

11月1日に書いたブログを最後に約4ヶ月間、更新が止まっていました。
この4ヶ月間、結構しんどい思いをしてました。

 

更新が滞っていた理由は、病気を患ったためです。
先にその病名をお伝えします。

 

病名は「HIV感染症」です。

 

 

発覚~入院

昨年2019年の11月3日頃から扁桃腺が腫れ出し熱が39.3℃ありました。
いつもの扁桃腺の腫れだろうと思い、
かかりつけの医者に行き抗生物質や解熱剤を処方してもらい点滴もしてもらいましたが全然引かず、
病院の紹介状を書いてもらい、大きな病院の耳鼻咽喉科に行きましたが、それでも改善しなかったため、
HIV検査を勧められ、そこで陽性がわかりました。


以前ブログで書きましたが、自分は定期的に検査を受けていました。
10月に無料検査室で検査を受けた時点では陰性で4月も陰性でした。
なので、もし自分が陽性になったときは、検査室で発覚するんだろうなと思っていたら、まさかのこのタイミングです。


病院で陽性が確定した段階で即入院、約2週間の入院生活を過ごしました。
入院中もずっと熱が下がらず、点滴を受けると38.3℃に落ち着くのですが、すぐまた39℃台になります。
点滴を投与しなくても解熱剤の服薬だけで大丈夫だろうと判断された段階で退院ができましたが、それでもまだ38℃でそれが12月の中旬まで続きました。

 

退院後

自分のつめが甘く、会社にも親にも病気はバレてしまいました。
退院の翌日、職場に復帰しました。
入院時ケータイを家に忘れてしまったりして、会社に連絡を取らず数日無断欠勤してしまったので、戻れないと思いましたがなんとか置いていただけました。

 

しかし1ヶ月間ずっと食事も取らず寝込んでいたため体力が衰え、
61kgあった体重が53kgまで落ちました。
いつもなら40分で会社に行けるのに、1時間半かけて途中で休憩をはさみながら出退勤してました。
また職場の人にバレていたため、あまり話しかけてもらえず距離を置かれたり、
自分が使った給湯室のポッドやレンジ、トイレを避けられたり、
仕事を振ってもらえなかったり、落ち込んでいました。
12月の中旬頃、熱が収まった頃に、
今度は体中に発疹ができ、頭皮も荒れて痒くなる現象が起きました。
口の中も荒れてものがうまく食べられなかったり、
寝汗の酷さに目が冷めて全然眠れなかったりして、精神的に参ってました。
排水口が詰まるほど毛も抜け落ちてました。

 

現在

HIV陽性者などの支援をしてくださるNPO法人のぷれいす東京さんや、
Twitterで同じ陽性者さんとつながったことで、
ひとつひとつ問題を消化していくことができて、
今ではHIVになったことに関しては概ね吹っ切れてます。

 

HIVの薬は1錠7,000円と高価で普通のサラリーマンではとても買えないので、
病院に診断書を書いてもらい、それを役所に提出し障害者手帳を発行してもらいます。
それと一緒に自立支援医療制度を受け、
現在は毎月約1万円の自己負担で定期的な採血と薬を頂いてます。

 

今でも発行された障害者手帳を見ると、
「あー、自分は障害者なのかぁ・・・」とため息しか出てこないのですが、
恵まれた医療制度のおかげで、
いろんな方の力をお借りして、
ほぼほぼ以前の生活をとりもどせています。
体重も59kgまで回復しました。
発疹だらけの皮膚も大分落ち着いてきました。
取り戻せていないのは、性欲と当時のセフレ。
取り戻せなかったのは、約6年通っていた歯科と健常者のレッテルだと思います。

 

自分はどちらかといえばラッキーな人です。
急性症状が出て死ぬ思いはしましたが、
定期的な検査を受けていたことから、
いつどのタイミングで感染したのかがわかりました。
しかし人によっては無症状のままエイズを発症する方がいます。
不安かもしれませんが、それなりに遊んでいる方は定期的な検査をおすすめします。

 

 

ブログの路線変更

皮肉にもHIVと向き合って生きていくという一つの人生の大きなテーマができたこと、
良くも悪くも親や会社には知られてしまい自分には無理にHIVを隠して生きていく理由がなくなったこと、
自分がHIVを隠して生きていくことは、自分がHIVであることを知ってしまった人に、秘密を持たせるという大きな負担をかけさせてしまうことから、
率先して自発的に誰かに言うつもりはないけれど、言われたら「そうだよー」的な感じでゆるく向き合っていこうと思います。

 

もともと無趣味だった自分の趣味を作りたいという目的で去年の7月から始めたブログだけど、
自分の経験とかが、これから感染が発覚して落ち込んでいる人に少しでも役に立てればいいなと思い、
また気持ち的にも少し余裕が出てきたため、ブログを再開したいと思います。

 

以前のように1日1記事なんてガっつかずに、自分のペースで緩く書いていけたらと思います。

 

今日はさらっと去年11月からここまでのことを書きましたが、
過去の日付でもう少し掘り下げてここまでの事を書いていけたらと考えています。

 

以前のブログ記事に関しては、個人的に気にいってる記事は結構あるのですが、
HIVのテーマとはそのままではあまりどれも馴染まないため一旦下げさせていただきました。
ただ、一通り読んでいるとHIVとうまく馴染ませられる記事もいくつかあったので、
それらは機会を見てリライトして再掲載できたらと思っています。

 

最後にですが、HIVは今は死なない病気です。
落ち込むことはあるけれど、それなりにやっていけそうです。
誰かの言葉を少し拝借すると、
やや不自由ではあるけれど、決して不幸ではないかなと思います。
でも当たり前ですが、やっぱり、なるよりはならないほうがいいです。

 

HIV陽性者というだけで、抵抗を感じる人の気持ちも理解はできるので、
もし嫌であれば読者から外して頂いたりしても大丈夫です。

 

それでも自分はパンドラの箱を閉じない。
最後にはきっと希望があります。

 

ちょっと殴り書きみたいな記事になってしまいましたが、
ここまで読んでいただいてありがとうございました。