パンドラの箱の中には…

2019年11月HIVの感染が発覚してからの日々を綴った37歳のゲイブログ

自己紹介【第二刷(2020/09/09)】

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自己紹介

はじめまして。
この度は数あるブログの中から、 当ブログ「パンドラの箱の中から…」にお越しいただきましてありがとうございます。

 

そして、普段からこのブログを見てくださっている方、
いつもありがとうございます。

 

このブログを書いている人、HAZI(@hazi_57)です。 
主に自分のHIV感染症に関する事や、
HIVに感染した後の生活の事などをメインテーマにこのブログを書いています。

 

基本情報

名前 HAZI(@hazi_57
性別 男性(ゲイ)
出身 東京都墨田区
住んでるところ 東京都中野区
生年月日 1983年5月7日生(37歳)
身長/体重 174cm / 66kg
仕事 WEB制作・デザイン

その他の要らない情報

女性経験 なし。
男性経験 過去に彼氏が4人いたけど、みんな1ヶ月くらいで別れた。
好きな食べ物・飲み物 コカコーラ・ゼロ、ブラックコーヒー、カフェオレ、ビール、唐揚げ、ゆっけ、モロゾフのチーズケーキ
苦手な食べ物・飲み物 チーズ、ケチャップ(でもピザは普通に食べる)
好きな事 大人のビデオ鑑賞
苦手な事 読書、料理、集団行動
仕事 WEB制作、デザイン

 

生い立ち

学生時代

そこそこボンビーな家に生まれて、そこそこボンビーに団地生活、
そこそこ普通の学生をしているつもりでした。
この頃はまだゲイに目覚めてませんでしたが、
しぐさがなよなよしてたので、
ホモホモ言われていじめられたりハブられたりして、
あまり友達も作らず、この頃からすでに一人で過ごすことが多かったです。
今思えば彼らは見る目があったんだと思います。
だって今は立派にホモしてますからね。

 

高校2年生頃からコンビニで週2、3程度バイトをしていました。
本の売り場の整理をしていた時に、
「禁断のiモードサイト」という本が置いてあって、
それをバイト終わりに購入し、帰りに公園で読んでいた時に、
ゲイサイトの存在を知りました。

 

ゲイサイトの掲示板に投稿して、
連絡をくれた人のひとりが、
当時両国に住む19歳の美容師見習いで、
その人が自分の初めての人でした。
彼に売り専やハッテン場を教えてもらいました。

この頃から父親がうつ病を発症、
家計が苦しくなると家族間の関係が著しく悪くなり、
僕もあまり家に寄り付かなくなり、
帰ったとしても夜中の1時、2時などの深夜にこっそりと帰ってくるようになりました。

 

高校3年生の時、18歳になったタイミングで、
コンビニのバイトと並行して、
某売り専で高校生であることを隠して、
週2程度働きながら学校に通ってました。(その売り専は今は廃業してます。)

 

これが僕の最初の売り専の出会い(?)です。
お金が欲しいという理由もあったけど、
なんとなくあの頃は居場所も欲しかったんだろうなって思います。

 

お店の付き合いとか、お情けだと思うんですけど、
僕を指名してくれた人が、よく連れてってくれたゲイバーがあって、
指名してくれた人は今は故人になってしまったのですが、
そこのゲイバーのママには、今でもよくしてもらっています。
その頃はカシスウーロンとか、カシスオレンジとか、
甘いものしか飲まなかったのですが、
ある日お店に行った時に、
ママが一緒に飲みましょうとその時にごちそうしてくれたビールが無性に美味しくて、
それから今でもずっとビールが好きでよく飲んでます。

 

高校を卒業して、携帯電話の販売員のバイトを始めました。
この頃から携帯電話が好きだったんですね。
J-PHONEでSHARP製のカメラ付きケータイ(J-SH08)が売れていた頃で、
僕もその機種が好きだったんで結構率先して売っていました。
普通に後日買ってくれたお客さんが来て、
「とっても良い機種だったよ。教えてくれてありがとう。」なんてお褒めの言葉をもらって調子に乗ってましたが、
ちょっと社内でヤらかしてしまったことがあって辞めざる負えない状況になりました。

 

その頃掲示板のフォトメッセージに投稿していた時のこと、
ビデオモデルのスカウトをされました。
当時仕事もしていなかったし、お金も欲しかったし、
実家にも居たくなかったので、お受けすることにしました。
でも、撮った後で猛烈に後悔しましたね。
最近までずっと後悔していて、誰にも言わないで来ました。
多分このブログの中で初めてカミングアウトします。
猛烈に後悔をしたんですけど、
その後も別のメーカーさんで2回出演するという本当にアホな事をしてます。

 

社会人時代(20代)

20歳になると、更におバカさんぶりに磨きがかかります。
芸能界のスカウト詐欺にあってしまいました。
当時、芸能界に入りたいとかそんな夢は全然持ってはいなかったのですが、
とにかく実家が嫌で家から出てひとりになりたかったし、
その人の事をそれなりに信頼していたので、
その人の勧めで家出をして、住民票を移し、
愛知県にあるその人の家に転がり込んだのですが、
そこでも寮費などの名目で金銭を色々請求されて、
計100万円近く借金を作ってしまいました。

 

これが詐欺だって目が覚めてからは、
ハッテン場で寝泊まりをしていたのですが、 
生活費が段々なくなってお金も借りられないどころか、
踏み倒してしまっている状態だったので、
このままではヤバいと思い、
そこから寮付きの工場で3年間働くことにしました。

 

工場が忙しくて日曜日しか休みが取れなかったことや、
自分のだらしなさもあり、住民票を移す手続きを行っておらず、
それから長い間放置してしまいました。

 

24歳で某携帯電話会社のコールセンターで派遣社員をしていました。
そこではパソコンとデータ通信機器を繋ぐサポート窓口のお仕事に携わりました。
そこではスマートフォンの案内をしていたので、
今の僕のスマートフォンの知識はここがルーツだと思います。

 

この頃、祖母の危篤をきっかけに両親と連絡を取るようになりました。
祖母はその後すぐ他界してしまいましたが、
現在まで家族とは良好な関係を維持しており、
最近はかなりの高頻度で実家にも帰っています。

 

26歳で東京へ戻り、同じく某携帯電話会社のコールセンターで派遣社員をしました。
29歳で恋煩いで勤怠に問題がで始めて契約解除になった後、
家賃が払えなくなったので家を解約し、
掲示板で知り合った人の家に転がりこみました。

 

その頃、別のコールセンターで派遣社員を始めることになりましたが、
同居人とはあまり良い関係を構築できず、2ヶ月で追い出されてしまい、
再び家を失い半ネットカフェ生活をしてました。
その時に「TOKYOチャレンジネット」という自立支援相談センターの存在を知り、
3ヶ月間お金を貯めて、今の家に住むことができてます。
その際、一緒に弁護士を紹介してもらい、
踏み倒してしまっている借金の相談をしたところ、
時効の援用を行いましょうと提案され、一応今は無借金になりました。

今の所必要だと思っていないので、
クレジットカードの新規発行の手続きとかしたことないんですけど、
きっともう新しいクレジットカードや借金はできないでしょう。

(↑ 実は最近カードを取得できました。)

 

そして無借金になったところで、今度は勤めていたコールセンターの方で、
お仕事についていけていないという判断をされ契約解除されてしまいました。
 

社会人時代(30代前半)

なんとなく知識は持っていたのですが、
ちゃんと1から勉強をして、就職に活かしたいと思い、
WEBデザイナーの職業訓練を受け、
その後、今の会社に就職をしました。
それからはちゃんと普通の社会人が出来てます。

 

 

HIV陽性、身体障害者になる(30代後半~現在)

2019年11月3日に高熱が出てかかりつけの内科へ。
抗生物質や解熱剤を服用しても全然熱が下がらなかったことから大学病院を紹介してもらいそこでHIV検査を受けて陽性が発覚。

 

もともと検査は定期的に受けていて、
2019年は4月5日と9月26日、東京都南新宿検査・相談室で匿名で受けたHIV・梅毒の検査はいずれも陰性だったので、
だいたい自分がいつどこでヤって感染したのか検討はついてます。

 

正直なところショックでしたね。
やらかしちゃったと思います。
2019年12月~2月くらいまでが一番しんどかったですね。
この頃に書いてたTwitterはかなり暗めのTweetが多いです。

 

www.hazi.me

www.hazi.me

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直近8月のTwitterと比べるとかなり雰囲気が違うと思います。 
なんとかここまで立ち直ってきました。

www.hazi.me

 
一応、ちゃんと自分がタイプの人と過ごした上でHIV感染したので、
陰性時代の最後にタイプの人と出来て健常者生活を終えられただけでも救われたと強く思い込みながら今必死に生きてます。

 

2020年2月5日に区役所で障害者手帳を頂き、
これを以って健常者として生きた36年9ヶ月が終わりました。

 

www.hazi.me

 

2020年2月21日に抗HIV薬、デシコビテビケイの服薬が始まり、
おそらく今は誰かと生でやってもほぼ伝染らないであろうくらいのレベルまで順調にウィルス量は減ってきています。

 

www.hazi.me

 

HIVに感染して最初の約半年間は身体的にも精神的にも辛い時期でしたが、
今は他の健常者と変わらない生活を送れています。

 

 

ブログをはじめたきっかけ 

もともとブログ自体は、自分がHIVに感染する前の2019年7月にはてなブログで開設していました。
漠然と自分だけの何かしらのコンテンツやメディアを持ちたいというところからでした。

 

上の生い立ちでも書きましたが、
誰かに話したらドン引きされてしまうような生き方しかして来なかったので、
自分の中で30歳以前の記憶はずっと封印して誰にも話さないで生きてきました。

 

きっかけはとある売り専で指名したタイプの子。
売り専で働きビデオに出演しまくっているその子に、
少し野暮な質問をしたのですが、
求められているからこの仕事が出来ている以上は後悔はなく、
今後も後悔をすることはないと言い切った彼の返事に影響を受けました。
自分よりも10歳以上若い子が凛と構えてるのを見て自分が情けなくなったのと、
そんな堂々としている彼と同じ仕事を、
10年以上前だけど自分も齧る事ができてよかったなって思えて、
もしかしたらここまでの人生、
どこを切り取っても無駄なものなんてなかったんじゃないかと考えるようになりました。

 

自分が今までどんな事をしたっけ、
どんな経験があったっけって、
振り返りながらブログを書き始めるようになったのですが、
その矢先にHIV感染症になりました。

 

最初は絶望しかなかったけど、
服薬がうまく言って普通の生活を送れるようになったら、
いつかHIVに感染するかもしれない以前の自分みたいな人の為に、
自分の経験を残しておこうと考え、
できる限りHIVに関する記事を書こうと少し方向転換して今のこんな感じのブログに至ります。

あとは、昔の自分の事とか、
HIVに感染してしまった事など、
その時の感情を呼び起こしながらブログに書くことで、
自分の精神が浄化され快感を得られればいいなぁなんていう、
ちょっとしたカタルシスの役割を果たしています。笑

 

 

 

ブログ名の由来

 

ブログ名の「パンドラの箱の中には…」は、ギリシャ神話から来た言葉とそのまま同じ意味で使わせてもらっています。
パンドラの箱の底には希望があると言われています。

 

もともとはあまり良い思い出のなかった10代、20代の思い出や経験も、
30歳後半からはきっと自分の財産になってくれるだろうという思いからそのようにブログ名を名付けましたが、
HIV感染症になってさらにパンドラの箱を開けた感がすごいです。笑

でもきっと、何かなった意味があるんだと、
希望につながる何かあるんだろうと信じながら過ごしています。
だから、最後は希望が残ると信じて、
嫌なモノ、見たくないものを出し切るまで、
自分が開けたパンドラの箱の蓋は開けたままにしておこうと思います。

 

 

長文になってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。

 

HIVに関して、またはそれ以外でも全然大丈夫ですけど、
何か聞きたいこととかあれば、気軽にメールフォームよりお問い合わせください。
自分の経験談レベルのものであればお返しできると思います。


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