パンドラの箱の中には…

2019年11月HIVの感染が発覚してからの日々を綴った37歳のゲイブログ

【HIV23日目】ぷれいす東京

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退院して1週間が経過した。
11月の頃よりは落ち着いてはいるけれど、まだ微熱があり、朝昼晩とカロナールを服用して凌いでいた。
この頃から、HIVになってしまったことのショックだったり、
体が思うように動かない、仕事が満足にできない苛立ちで、
寝付きが悪い日が続くようになった。
思い通りにいかないことに焦っても仕方ないんだけど、
現実を受け止めることのできない日々に、メンタルがやられていく。
悔しくて毎晩悔し涙をこぼすようになった。

 

 

23時に布団に入っても、深夜1時半に目が覚めて、
そこからどう頑張ろうとしても寝つけない。
そのまま朝を迎えて仕事に行って、夕方くらいになるとその影響が節々に出てきてキツくなってきた。

 

それと同時に寝巻きを絞ったら汗が出てくるくらい、
異常な寝汗をかくようになっていた。
因果関係はわからないけど、HIV感染したばかりの人は初期症状として寝汗が書きやすくなるらしいです。

 

体力が戻らない、微熱が収まらない、寝付けない、寝汗が止まらない。
この状態がいつまで続くのだろう。
今自分は何をすればよいのだろう。
そもそもHIVってどんな病気なのだろう。
どれだけ一人でインターネットで検索しても安心できるような答えが見つからない。

 

正確にはネガティブな情報しか入らない。
HIV感染をして抵抗力が下がっている人はお刺身などの生物は食べてはいけない、
牛乳を飲んではいけない、鉄分などのミネラルはとってはいけない、グレープフルーツは避けた方がよい、…など、してはいけないことばかりが入ってくる。

 

僕はお寿司やお刺身などの生物が好きだ。
一番好きな食べ物はと聞かれたらまっさきに答えるのがこれかもしれない。
夜晩酌をするときはいつもお酒のあてにサーモンのお刺身を食べるのが好きだった。

 

HIVの急性症状が出て人間の3大欲求を根こそぎ奪われて行ったけど、この頃になると少しずつ物が食べられるようになって、何かを食べているときが1番楽しい。

 

でも、そんなのももう食べちゃだめなのかって気持ちが沈んだ。

 

12月11日 HIV22日目:WEBフォームからの予約

 インターネットでキーワードに「HIV」を入れると必ず検索結果に広告等で最初に表示されるサイトがあった。
「特定非営利活動法人 ぷれいす東京」のサイトだ。

いろんな人のHIV陽性者の声がかかれていたが、
一番最初に見たのは、「HIV陽性とわかったばかり / 確認検査待ちの人へ」のページだった。

HIVは治療をすれば長生きができる。
今まで通りの生活ができる。
治療費を軽減できる制度がある。
相談してみましょう、専門の医療機関に行きましょう。

 

自分が辛かったのは、今まで通りの生活に戻れていないこと。
この2ヶ月で極端に状況が変わってしまったので、
今までの生活に戻れる自信がない。
でも、どうすればできる限り元の生活に戻れるのかを知りたい。

 

 

「他の陽性者のことを知りましょう。」


同じ立場の人同士が実際に会って交流や情報交換をしたり、インターネット上で他のHIV陽性者の経験を読んだりすると、これからのことが見えてくるかもしれません。

 

 
自分と同じ時期に感染が発覚した人と直接話をしてみれば、
何か解決の糸口が見えてくるのかもしれない。

 

ぷれいす東京が運営する「感染がわかってから6ヶ月以内の陽性者5〜7人の少人数のグループで行うプログラム」に参加するには、
他の陽性者のプライバシーなどを遵守することを約束するために、利用に伴う事前登録が必要だ。

 

Webのフォームから連絡をすると即日電話で返信が来た。
受付時間が19時までと書いてあり今体力がなくて歩くのが遅い自分ではその時間に間に合わなさそうだったため、
土曜日か日曜日に事前登録をしようと考えていたのだが、
「お困りだと思いますし早くお手続きされたいですよね?19時過ぎても構いませんので明日おいでになりませんか?」と言ってくれた。
なんか久しぶりに優しい声を聞いて癒やされた。

 

12月12日 HIV23日目:ぷれいす東京へ

翌日、仕事が終わった後に高田馬場にあるぷれいす東京の事務局に向かう。
オフィスというよりは普通のファミリー向けのマンションの中に事務所を設けているという感じ。このアットホームさが若干落ち着ける。
最初に代表の生島さんが部屋に入り
いつHIV感染がわかったのかなどの僕の今の状況に関するヒヤリングをした。

 

生島さん自身もHIV陽性者の方で、
自身も長くここまで生きられているから全然心配いらないよという話をしてくれた。
それと一緒に、

 

「約1ヶ月間高熱が続いて大変だったでしょう。ここまで頑張りましたね。」


自分の中でも感染したことは自業自得なんだからと後ろめたさを感じて過ごしていたし、当然誰にも「頑張ったね」なんて言われなかったし、この言葉がすごい嬉しかった。
初めて自分は頑張ってたんだと思えた。

 

さらに感染後のおおまかな流れも教えていただいた。
おそらく入院時にも同じような説明はされたのかもしれないけど、高熱がしんどくて人の言葉がちゃんと頭に入っていかなかったので、
ここで自分が何をしていくのかがちゃんとわかった。

 

感染後の大まかな流れとしては、以下の通り。

 

  1. 最初の採血で免疫(CD4)とHIVウィルス量(HIV-RNA量)などを測定。
  2. 1ヶ月後に2回目採血。
  3. 初回の採血データと1ヶ月の採血データを元に医師が意見書を作成。
  4. 身体障害者手帳の申請書類、顔写真(縦4cm×横3cm)、印鑑、個人番号(マイナンバー)を用意して、医師が書いた意見書と一緒に役所へ提出。
  5. 約1~3ヶ月後くらいに障害者手帳が発行された旨の通知が届く
  6. 通知を持って役所へ行き障害者手帳を受け取る。
  7. 自立支援医療費支給認定申請書を記載し提出。
  8. 自立支援医療受給者証が送付される。
  9. 自立支援医療受給者証を持って病院の受付に行く
  10. 抗HIV薬の処方が始まる

    (自治体によっては4と7を一度に済ませる場合がある。)

 

ここまでの段階で自分はまだ最初の採血しかしていない。
先はまだまだ長そうだ。

 

生島さんの話を拝聴した後は、別の担当者と代わりプログラム参加のための手続きを行った。
この方もHIV陽性者でキャリアも長い、
優しそうで柔らかい感じの方で「頑張りましたね。」とおっしゃってくれた。

 

そして、「私も最初はあなたと同じ感じで自分でどうしたらよいのかわからなくてここに来ました。それから10年以上たってますが何も変わらない生活ができてますし、今はこうして支援する側に立たせてもらえています。」と話してくれた。
まだ全然見えて来ないけれど、
いつかは自分もそっち側に行けるのかなって気持ちが少しだけなれた。

 

「感染がわかってから6ヶ月以内の陽性者5〜7人の少人数のグループで行うプログラム」のための手続きの中で、
最初に今の自分の気持ちを書く場面があった。
僕がその時に書いたのがこれだった。

 

 

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このプログラムは全4回ある。
最初は一週間後、終わるのは2月の頭だ。

 

その頃にはいろいろといい方向に進んでいってほしい。