パンドラの箱の中には…

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ミツコ

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こんにちは、はじめ(@hazi_57)です。


僕はこの2年くらい水曜日のカンパネラの歌を聴いています。

恐らく水曜日のカンパネラの中で最も有名であろうこの、
き・び・だ~ん、きびきびだ~んを聴いてからちょっとハマりました。

 

ヴィレッジ・バンガードに置いて有りそうなサブカル系の音楽っていうんですかね、
このサブカル感に敬遠する人も多そうですが、
僕は結構このサブカル感を乗り越えて中毒になったみたいです。笑

 

すごい意味不明な歌詞だらけなのに、バックトラックはややテクノ系でオシャレでカッコいい。

 

その中でも僕が一番好きな歌はミツコ

 

 

この歌は水曜日のカンパネラのアルバム「シネマジャック」のリード曲で、
他にもモスラ、ニキータ、ランボー、キン肉マンの二階堂マリ、義経、ラオウなど、
映画にまつわるものから、
あれ?映画だっけコレ?みたいなものまで混在しております。

そのうちミツコは、園子温が監督した2011年の映画「恋の罪」から来ています。

 

水曜日のカンパネラのミツコは、ちょっとだけちょけちゃってるんですよね。
歌詞の中の、ギルティー・午後ティー・ダイバシティーとか、

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ところどころジョイマンのナナナナーみたいな感じになっちゃってるんだけど、
それ以外は概ね映画に出てくるキーワードやフレーズが歌詞の中に散りばめられています。

 

ミツコの元ネタが、映画「恋の罪」の中の登場人物であるミツコから来ているものだと知って、
自分の好きな曲だから、映画の方もちゃんと見てみたいなと思い、
huluで配信されていたので観てみました。

 

一度で理解するのはなかなか難しかったのですが、
とても考えさせられることの多い非常に哲学的な面白い映画でした。
今日はちょっと長いのですが、
感想や、自分の中で解釈した考察を書いてみたいと思いますのでよろしければお付き合いくださいませ。
ここから先はゴリッゴリに映画のネタバレがあるのでご注意ください。

恋の罪

 

恋の罪は、1997年に渋谷区で実際に起きた、
未だに解決していない事件「東電OL殺人事件」にインスパイアされて作られた映画です。

 

殺害された女性は、当時東京電力の正社員として働く傍ら、
夜は円山町で娼婦をしていたというインパクトが強烈で、
当時のワイドショーの話題を一気にかっさらった事件です。

 

映画恋の罪は、ほぼほぼフィクションなんですが、
当時、お堅い仕事で収入的にも恵まれている人が、
渋谷の円山町でアパートを借りて娼婦をしていたという部分だけは、
そのまま承継されています。

 

この映画では女優三人が体を張って演技してます。
中でも清純派女優のイメージがあった水野美紀が普通にマ●コ晒して演技してるのが衝撃的で、
その水野美紀のセックスの相手がアンジャッシュの大島ってのも結構強烈でした。

 

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あらすじ

恋の罪は、人気小説家の妻・いずみ、昼は大学助教授で夜は円山町で娼婦をする美津子と、
水野美紀扮する吉田和子が時間を遡るのように、その2人のことを調べていくという、
2つの時系列で物語が進み、
最後はひとつの場所につながっていく。

 

とあるホテルで不倫相手の男と密会をしていた刑事の吉田和子(水野美紀)に殺人事件の電話がかかってきた。
彼女が雨の中向かったのは渋谷区円山町のラブホ街。
古びたアパートの一室から、切断された死体が二体のマネキンに接合された形で発見される。

 

事件を追う和子は、温かい家族に囲まれながらも夫の後輩と不倫関係を続けており、
和子は夫や子供に見つかることを恐れながらも刺激的な快楽から抜け出せずにいた。

 

一方円山町のアパートで起きた猟奇的な殺人事件は、身元の特定が難航していた。
部下からは一度は否定されたが、和子は行方不明になっている美津子が、
デリヘル嬢をやっていたのではないかと推理した。
和子は後輩の刑事から行方不明になっているデリヘル嬢の写真を見せられた。
その中には美津子の写真もあり、和子たちが捜査のためデリヘルの事務所で事情を聞いていると、
遺体の身元が判明したという知らせが入る。
この遺体が尾沢美津子だった。

 

 

人気小説家、菊池由紀夫の妻・いずみは神経質な夫の世話に明け暮れる専業主婦で、
一緒のベッドで眠り、家を出る時にはキスをして夫を送ったり、
夫婦関係は決して悪くはないのだが、
セックスレスなどもあり、夫だけの愛では物足りず、
何かがしたいと、そわそわした生活を送っていた。
いずみは持て余している時間を外に働きに出ることで発散しようとし、夫もそれを承諾する。

 

彼女がスーパーで試食販売の仕事をしていると、ある女からモデルをやらないかと誘われる。
軽い気持ちからモデルを始めたいずみは、やがてAVの世界に足を踏み入れてしまう。
快楽を知り解放的になった彼女はどんどん美しくなっていく。
ある日いずみが渋谷を歩いていると若い男カオルから声を掛けられ、
軽い気持ちでラブホテルに入ったが、カオルに拘束され屈辱的な行為を強いられる。
ようやく解放されホテルを出たところで、
円山町で娼婦をやっている中年の女、尾沢美津子に出会い、
いずみはその不思議な雰囲気を纏う美津子に惹かれていく。

 

美津子は、夜は円山町で娼婦をするという破壊的な生活をしているが、
昼間は大学の助教授という堅実な仕事もしている。
いずみには大学の講義で詩を朗読する美津子が魅力的な大人の女性に映った。
美津子は確信に満ちた言葉でいずみの心を捉え、どんどんと夜の世界へと誘い込み、
やがては美津子とともに円山町の古びたアパートで身体を売ることになる。
いずみはそこで、愛のないセックスには必ず金銭を介在させることを美津子から教えられると、
それ以降、身体目的で近づいてくる男にはすすんで金銭を要求するようになった。

 

いずみは美津子の紹介で、
魔女っ子クラブという、カオルが売春の斡旋をしているデリヘル事務所に所属することになった。
美津子の客からチェンジが入り、
指名されたいずみはカオルとともにラブホテルに向かうが、
ラブホテルの部屋に入ると、
既に美津子が客の男と性行為を済ませて寝ている状況だった。
そこで部屋に散乱した原稿を見ていずみは、
客の男が自分の夫であることを知ってしまう。
夫は美津子の常連客で夫は首を締められながら騎乗位でファックするのが好きだといずみに暴露した。
嫉妬を隠せないいずみは美津子を問い詰めると、
美津子はいずみが菊池の妻と知った上で、
今まで親切にしてあげたのだと勝ち誇ったように告白され、いずみは憎悪を増幅させて行く。
円山町の古びたアパートに戻った美津子は、
いずみに父親を男として愛していたことを告白した。
美津子にとって父親は永遠に辿り着けない城であり、
城の入り口を探して死ぬまで彷徨い続けるのだと語った。
死んだら城に辿り着けるのかと問ういずみと、
殺してと凄む美津子が激しくもみ合いになる。
カオルは楽し気に二人の様子を見物し、
美津子の母も一部始終をアパートの外から見つめていたが、
いずみに美津子の首を絞めるよう唆し、
美津子も楽になりたいという思いからいずみに強く首を絞めることを要求した。

 

和子が後輩の刑事とともに美津子の家を訪れると、
床に置かれたボストンバッグの中から切断された美津子の身体の一部が発見された。
美津子の母は娘の穢れた部分を切り取って閉じ込めたと説明するが、
老いた美津子の母親が一人でこの猟奇的な殺人を行ったとは考えられないと和子が追求すると、
娘の身体を切り取るのを手伝ってもらったと和子に嬉しそうに美津子の母は語りだした。
別室では首を吊ったカオルの死体が発見された。
そして美津子の母は自らの首に躊躇することなくナイフを突き刺し自害した。

 

その後、いずみは、田舎の港町に流れ着くまま流れ着き、
小学生の男に、陰部を広げ小便を垂れ流し笑みを浮かべるほど精神が崩壊していた。
夜は娼婦になり、売れない時は1,000円でもたたき売る女にどんどん堕ちていった。
身体を売っては途中で客を怒らせ、
客が雇った男に暴力を振られるというどん底の中でも、
美津子が朗読していた詩だけがいずみの心の拠り所になっていた。

 

和子は小説家の菊池の元へ行き、いずみの行方について尋ねるが、
妻の行方も売春をしていたことすら知らないと淡々と話した。
彼が嘘をついていることを和子はすぐに見破り引いていた。 

 

この事件も解決し、ある朝自宅で夫と朝食を食べていた和子は、
ゴミを出し忘れたことに気づいて、ゴミ収集車を追いかけた。
無我夢中でゴミ収集車を追いかける和子は、
気づくと担当した事件の場所である円山町のアパートの前に居た。
そこに不倫相手から「何をしている?」と電話が入る。
和子は「わからん。」と応え、
彼女も夜の世界の闇に堕ちていく可能性を示唆している。

 

 

感想1:どことなく「売り専ボーイ」や「ゲイビデオモデル」に通ずるものを感じた

こーゆーこというと怒られちゃうかもしれないけど、最初は、
「女が欲望のままに突き進んだら、こーゆード変態に堕ちていって欲しいな」という監督の願望にしか見えなかったんですね。
それと、とりあえず両手にごみ袋を持たせて、水野美紀を走らせたかったとか…。

 

でも、自分の頭の中で、
登場人物を女ではなく、
全員ゲイの男に差し替えたらちょっとだけしっくり来た。

 

いずみみたいな男、結構居るもん。

 

街を歩いていたら、ビデオモデルのスカウトをされて出演して、
1回の撮影で大金が入ることに味を締めてどんどん出演したけど、
そのうち、そこのビデオ会社で需要がなくなって、
他のビデオ会社に面接に行き、撮影をして、
そこでも需要がなくなると、また他のビデオ会社へ行く。
その過程で売り専の存在を知り、売り専ボーイとしても働き、
気がつくと昼職も辞めちゃったってパターン。

 

ビデオモデルでなくても、
売り専コロコロ渡る渡り鳥ボーイって結構居て、
気がついたら30才過ぎちゃってるとかね。

 

この手の人達って、
半分は本人のだらしなさもあると思うし、
もともと育った家庭環境に恵まれなかった人もいるとは思うんだけど、
本来であれば、普通の生活が普通にできる人も多い。
でも結局満たされなくて戻ってきちゃう子も多い。

 

特別お金に困っているわけじゃないけど、
セックスにお金を介在させることで、
自分が必要とされているということがお金という形ではっきり見えてくるから、
それに満たされちゃって辞められない人も居るんじゃないかって思います。

 

 

感想2:彼氏は大切だけど、彼氏以外の人とセックスをしてしまうゲイに通ずるものを感じた

本編ではほんの10分くらいで、さほど本編には介入してこないんだけど、
刑事の和子の目の前で、
愛している旦那がいるにも関わらず浮気が辞められなくて自害した女が登場します。
自害まではしないにしても、それに近いゲイって何かいるかなーって。

 

女性の気持ちはわからないんだけど、
ゲイの人って、結構恋愛とエロスが別物だったりしません?

 

と、いうか自分も比較的そっちのタイプで、
でもやっぱ猛烈に後悔するんですよ。
何も知らない彼氏にいつもどおりに接してこられた日には、
自分も自害したくなります。


猛烈に後悔するんだけど、
でもやっぱり彼氏だけじゃ満たされなくて、他の男としちゃうんですよ。
でも、その男には愛情はなくて、
かと言ってただの性処理でもなくて、
彼氏だけでは足りない別の隙間を埋めてくれることがあるんですよね。
でもそれって気をつけないと、
踏み外して堕ちていってしまうかもよ?っていうのが、
この映画の伝えたいことなんじゃないかなと思います。

 

感想3:たどり着けない城が、新宿2丁目の中にもあると思う

カフカの「城」という本を渡して 、
「お前にとって私は、周りをぐるぐる回っても入口にたどりつけない城のようなものなんだよ。」と父親が美津子に言うシーンがありました。

 

「城」とは、とある寒村の城に雇われた測量師が、
いつまで経っても城の中に入ることができずに翻弄される様子を描いたフランツ・カフカ作の小説なのですが、
この小説は完成しないまま、カフカがこの世を去ったため、
主人公である測量師は永遠に城の中に入ることはありません。

 

父親と美津子は親子だから異性として愛し合うことは許されないことだというのを、
「城」に置き換えて話していました。
カオルは、円山町のラブホ街をうろうろしている人たちに対して、
「みんな城には辿りつけない」と和子に語っていました。
セックスが「愛」と信じている人達は「みんな城には辿りつけない」。

 

ここでは、恋愛では決して辿り着けない、真実の愛こそが「城」なんですよね。

 

新宿2丁目で手をつないで歩いている、
あきらかに今売り専でこの子買ったなっていうエセカップル居るけど、
こいつらもきっと、新宿二丁目という城の回りをぐるぐるするだけで、
城にはたどり付けない。

 


感想4:言葉なんか覚えるんじゃなかった

劇中、田村隆一の詩である『帰途』が朗読されます。

 

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

 

 
この一見ふと湧いて出た詩も、
言葉なんかおぼえるんじゃなかった、じゃなくて、
恋愛なんかおぼえるんじゃなかった、に置き換えると、
これもしっくりきます。

 

涙は「涙」という言葉を持たなければ、
ただの目から出てくる水であって、
言葉の意味を知らなければ、涙の意味が分からずに悲しむこともない。
つまり、恋愛に悲しむことはない。

 

恋の罪の登場人物3人が、
共通しているのは、満たされない心の渇きを潤すものが「恋愛」なんですよね。

 

美津子は円山町で売春をするのは、
(父親との叶わなかった)恋愛を求めているからで、
恋愛の本質がセックスであることを美津子は理解している。
だから愛のないセックスには1円でも10円でもちゃんと金を取ることで、
精神的なバランスをうまく取っている。
一方でいずみは、恋愛は美しく素晴らしいものだという幻想を持っているが、
自分自身も薄々とはわかっていて、
自分の求める恋愛というものが実はどうしようもなく物質的(セックス)なものであるということ。

 

女刑事である和子もそう。
恋愛を知ってしまったが故に、苦悩の中を彷徨うことになる。
彼女が円満な家庭を持とうが、刑事というお堅い仕事であろうが、
人間である限りは恋愛からは逃げられない。
しかし恋愛を追い続ける者は、
最後に田舎の娼婦に堕ちたいずみのように、惨めで悲しい境遇に落ちていく。
それでも恋愛(セックス)を求めその対価(お金)をもらうことで、心の渇きを潤そうとする。
それが恋の罪なんだと。

 

 

 

この映画が伝えたかった事を、何となく自分の中で考察する

この映画を見て感じたのは、
ただ単に「東電OL殺人事件」をおもしろおかしく脚色したかったのではなくて、

 

  • こういう異常な性愛に落ちていく闇が自分の中にもあるかしれない。

  • 恋愛は美しく素晴らしいものではなく、人の真の幸福には至らないということ。

 

っていうことだと感じた。
恋愛へのアンチテーゼの映画だったんだなと。

 

だから、物語を自分の頭の中でゲイに置き換えた時に、
自分の中でしっくり来たんだと思った。

 

最後のシーンで和子が、不倫相手から何しているのかと電話が入った時に、
和子は「わからん。」と応えるのですが、
これは上の赤字で書いた2つのことがわからないのか?っていう
映画を見ている人に対してメッセージを訴えているんだと思うんです。

 

って思っておかないと、ゴミ袋持って走らされている水野美紀が報われない。
どー考えてもあのシーン要らないもん。

 

いずみを見ていて思うのは、
ひとりの相手に、結婚も恋愛もセックスも全部を求めるのが無茶な話で、
恋愛した相手と結婚してセックスをすることが一番の幸せとは限らないということ。
もちろんそれができるのが一番理想的だけど、
そんなモノは間違った幻想だと映画の中で否定している。

 

映画の中で、夫は外で美津子に首を閉められながら昇天していて、
それが新しい小説を書く原動力となっていた。
いずみもAVモデルになって女としてみられることに快感を覚え美しくなっていったが、途中からリミッターが振り切れた。
例えば、夫が外で美津子と会っていなくても、
いずみが外に出てバイトをしていなかったとしても、
どのみち、この夫婦は破綻していたと思う。

 

だって結婚は、あくまで法で定められた社会的制度であって、
恋愛やセックスの感情とは別。
常に揺れ動き変化していくものであって、
人がそう簡単にはコントロールできない難しい部分だもん。

 

映画の中ではそれをものすごーく大げさに表現して伝えていたんじゃないかって、
僕は解釈しました。

 

 

NETFLIXhuluでは追加料金なしで、定額制の中で見れる映画なので、
散々ここでネタバレ書きましたが、もしご興味があればどーぞ。
何かに満たされなくて悩めるゲイの人にもちょっと見て欲しい映画かもです。
2011年の映画なので今更感ありますけどね。笑

 

 

そんな自分は今の所、恋人ができる予定は全然ありませんが、
ありのままの自分を受け入れてくれる人が出来ればいいなって、
自分の欲求ばかりを押しつけず、相手の幸せを考えられる恋愛ができたらいいなと思います。
自分の知らないところであれば、
病気にさえ気をつけてもらえれば、どこで性処理してくれてもよいかなって。
あ、でも、
「今日は●●のハッテン場で、○○なセックスしてきちゃったー」とかわざわざ報告されたり、Twitterでアップしてたりしたら、ちょっとぶっ飛ば殺すと思う。笑

 

 

今日もここまで読んでいただいてありがとうございます٩(๑´3`๑)۶

 

 

追伸:

今日の夜中に公開したのですが、
読み返してみると、
ちょっと自分の伝えたいことがちゃんと書ききれてないなぁと感じたので、
一旦非表示にして内容を追記しました。
せっかく読んでスターつけてくださった方、ごめんなさい…。