パンドラの箱の中には…

2019年11月、HIVの感染が発覚してからの日々を綴った36歳のゲイブログ

【HIV36日目】身体障害者になるまでのカウントダウン

この記事をシェアする

HIV感染から1ヶ月経ったし、そろそろ腹をくくらなきゃいけないよねって思って、保険証を取り出したの。

 

保険証裏のドナー提供の意思表示。
先月死ぬ思いをしたら、今度は本当に死ぬんじゃないかって、だんだん思えるようになってきたし、
自分はもう提供ができない体なので、性にだらしない事をした自分が唯一しっかりしなくちゃいけないところかなって思ったんだけど…

…まだ書けないね。
自分で自分でHIVだって認める事ができないっていうか、
頭の中ではわかっているんだけど、
まだ何か長い悪夢を見ているような気分。

 

 

HIV感染症で約2週間も入院していたのに、
12月1日の退院後の次の通院は12月25日とかなり先だった。
これといった薬をくれるわけでもなく、ただ解熱剤のカロナールを渡されただけ。
これで本当に大丈夫なのかと不安を感じていたら、
案の定斑点が出てきたので、本来の通院日を待たずして先週同じ病院内の皮膚科へ。
今日は本来の通院日。
前回皮膚科に行った際に採血もしていたので、とりあえずCD4だけ結果がわかった。


1ヶ月前、つまりHIV陽性が判明した際の採血(2019年11月19日)が191
今回(2019年12月21日)が287

 

思ったよりもあまり高い数値じゃない…。

 

CD4が191だと、お刺身や加熱をしてない野菜(サラダ)などの生物は控えてくださいと言われる医師によっては食事制限を求めてくるレベル。
自分の場合は感染して間もないので関係ないけど、
HIV感染から一定期間開いてエイズを発症する人もこれくらいの数値が目安と言われている。
287はまだマシなレベルだけど、
本来感染をしていない健康な人だと700以上あるらしいので、ちょっと微妙。
ただ、まだ抗HIV薬の服薬も始まってないのに、自力でここまでは回復するみたい。
ってことは自分とは違って症状が出ない人のほうが、
知らないうちにCD4が下がっていることになるからやっぱり怖い。

 

 

僕は、この採血がとても嫌い。
採血管に入った血からHIVHIVHIVHIVHIVって文字が見えてくるようで、
もともと針も採血も苦手ではなかったけど、
感染して以降は採血管を見ないことにしてる。

 

それと、1回の診察で保険証使って3割負担でも6,000円近くかかる。
こんな日々が続いたら軽く破産する。
HIVに感染すると診察費も薬代も壊滅的に高い。
自分の1ヶ月の給料全額差し出しても全然足りない。

 

その為、通常は自治体に身体障害者手帳を発行してもらう。
手帳発行後、または同時に、自立支援医療受給者証(更生医療)を発行してもらう。
そうすることで、だいたいの人が、
毎月10,000円以上は超えない金銭的に安心したHIVの治療を受ける事ができる。

 

今日はその為の書類の申請を担当の医療ソーシャルワーカーに相談する日でもあった。
つまりは自分を法的に障害者にしてもらう為に、医師に意見書を書いてもらうのだ。
なんか嫌な感じだけど、生きるためなので仕方ない。

 

申請書類の殆どが医療ソーシャルワーカーが書いてくれたので、
自分は名前や住所、連絡先のチェックをする程度。
でも、それでよかった。
「障害者になる人」の欄に自分の名前を自分で書けない。
そんな現実をまだきちんと受け入れ切れてない。

 

あとは来月、再来月くらいに意見書ができたら、
それを役所に持っていくという流れ。
それまでは約2、3ヶ月かかる。
それまでに起こる体の症状にはその都度対処療法して、
自立支援が受給できるようになり抗HIV薬が服用できるようになるまで待つしかない。

 

 

 

今回の入院は会社や個人的に加入している医療保険が降りる為、
保険の担当者に診断書をもらうように言われていたので、
自分の担当医にお願いをして、帰りの料金の支払い時に一緒に受け取った。

 

 

とりあえず、これがあれば、
かかった入院費12万円もちょっとは返ってくるんだけど、

 

 

f:id:ha-zi:20200620203527j:plain

 

 

診断書にストレートに書きやがった…。
まぁ、間違ってはいないから仕方ないんだけど。

 

 

 

その2日後、4ヶ月ぶりくらいに友達と居酒屋に行った。
友達には入院してたことは話したけど、
HIVではなくて扁桃腺が腫れて入院してたことだけ伝えた。
いつもならば、水のように飲みまくってたビールも今日はグラス1杯だけ、
アルコールはそれが限界だった。
それに今は梅毒なので、
取皿と取り分ける為の箸も別に用意してもらった。
今までそんな事をその友達にしたことがなかったので、
不思議な顔で見てくる友達の目線が痛かった。

 

それでもまだ本当の事は言わない。

 

自分が自分でHIV陽性者だって、
吹っ切れる日が来るまでは、
誰にも言わない。

 

退院後の次の通院までとても長く感じてたし、
時計の針が止まったままのような気分だったけど、
障害者手帳申請の書類を見てたら、
少しずつだけど、
一瞬、時間が進みだしたように感じた。

 

気持ちの切り替えができてないまま、
あくまでも法の上でのことだけど、
健常者である日々がこうして終わっていく。
障害者となる日々がこうして近づいていく。